『皇帝のかぎ煙草入れ』、ディクスンカーの著作を、ネタバレしない程度に少し分解してみました!
あらすじ
骨董品収集家のモーリス・ローズ卿が殺害される。
それは、主人公イヴ・ニールが、新しい恋人トビー・ローズと婚約した日からまだ間もない日の夜であった。そんな場面に居合わせたのは、主人公イヴ・ニールと前夫であるネッド・アトウッド。
ネッド・アトウッドは、タイミングよく双眼鏡で、犯人を目撃することができたが、なぜかその場にいたイヴ・ニールへ真実を伝えることを躊躇ってしまう。
さらに、ネッド・アトウッドは、極秘で元恋人であるイヴ・ニールの部屋に侵入していたため、殺人現場を目撃したにも関わらず、後日、犯人を公表するといった行動が起こせないジレンマがあった。
その夜の殺人が公になり、警察が介入、警察のゴロン署長は、現場に残されたいくつかの物的証拠をもとに、犯人はイヴ・ニールであると主張するものの、その友人であるダーモット・キンロス博士は、精神分析学を根拠にそうではないと反証する。
実はキンロス博士は、有名な犯罪心理学者であり、イヴ・ニールの彼女の人間性を経験則で見抜いていた。
さらに、殺人現場で犯人を実際に目撃したネッド・アトウッドが脳震盪で倒れ、真実を知る者は、一度、物語の舞台から影を潜めてしまうことになる。
登場人物の描写
この作品では、登場人物の描写が細かく描かれていたと感じましたので、
各人物の特徴を引用しつつ、まとめてみます。
■イヴ・ニール
美貌で裕福な女主人公。作中の最初の描写では、表向きのお人好しな人柄と物語で垣間見える内面の激情の二面性をそれとなくほのめかしているように思えます。
底抜けといってもいいくらいのお人よしで、疑うことを知らない人柄のくせに、外見はイヴはすごい男殺しのように見えるのだった。
『皇帝のかぎ煙草入れ』 ジョン・ディクスン・カー
■ネッド・アトウッド
三十代過ぎだが、若々しい魅力的な男性。イヴ・ニールの前夫
これだけの魅力と賢明さを持ちながら、少年のような冷酷さが自分の性質に残っているのに。ネッドは気づいていないのだった。
『皇帝のかぎ煙草入れ』 ジョン・ディクスン・カー
■トビー・ローズ
イヴ・ニールの婚約者で恐らくイヴ、ネッドよりも若い男性。※年齢までは描写がなかったです。
たくましくて地味な、幾分ぎこちないところのある青年だが、イヴには久しくお目にかかったこともないような快活な表情をしていた。
『皇帝のかぎ煙草入れ』 ジョン・ディクスン・カー
主に上述の3人の三角関係から物語は、スタートします。
次にその三人を取り巻く人間ですが、ざっとまとめると以下です。
■モーリス・ローズ卿
トビーの父。骨董品収集家
■ヘレナ・ローズ
トビーの母
■ジャニス・ローズ
トビーの妹
■ベン伯父
ヘレナの兄
■イヴェット・ラトゥール
イヴ・ニールの女中。
■プリュー・ラトゥール
イヴェットの妹。
■アリスティド・ゴロン
ラ・バンドレットの警察署長
■ダーモット・キンロス博士
ゴロン署長の友人。心理学者
「モーリス・ローズ卿」と「ダーモット・キンロス博士」という登場人物の特徴は、
この話にいい味が出していると思いましたので、紹介しておきます。
■モーリス・ローズ卿
骨董品に目がなく、収集品は数知れず。
殺害される当日の夜には、「ナポレオンの嗅ぎ煙草入れ」が入手できたことで、上機嫌であったと描写されています。
この人物が被害者となったことで、物語に内輪の単なる殺人ではなく、骨董品目当てなのかといった外部犯の可能性が生まれます。
また、古風な骨董品に囲まれた一室で起きた犯行といった雰囲気により、より古典的な被害現場といったイメージが膨らみ、一筋縄ではいかないトリックや犯人特定までの道筋をより難解に印象付けている気がします。
■ダーモット・キンロス博士
精神病医である男性で、精神分析学、犯罪心理学に造詣がある。現場に残された物的証拠から、主人公であるイヴ・ニールに殺人容疑がかかるも、物的証拠以外の側面に着目し、彼女は犯人ではないと警察署長に反論します。
殺人現場について
殺人現場は、イヴ・ニールが住む家の真向かいにある、彼女の婚約者である、トビー・ローズとその家族が暮らすローズ邸。
骨董品収集家であるモーリス・ローズ卿は、夜には自室に篭り、収集した骨董品を眺めるといった習慣があった。
さらには、イヴ・ニールが住んでいる部屋の窓からは、モーリス・ローズ卿の部屋の一部が覗けるといったロケーションであった。
殺人現場には、犯人特定のヒントとなるキーワードがいくつかあります。
■茶色の手袋をはめた犯人
→主人公イヴ・ニールと前夫であるネッド・アトウッドが目撃した。
■ナポレオンの嗅ぎ煙草入れ
→被害者であるモーリス・ローズ卿の机の上にあり、犯人が被害者を撲殺する際の衝撃で打ち砕けてしまった。細かいディテールまで描写されている。
■血痕の付着したダイヤとトルコ石の首飾り
→骨董品のガラスのショーケース内にあったもの。モーリス・ローズ卿の部屋から盗まれたものはなかったが、ダイヤとトルコ石の首飾りだけは、元の位置ではなく、血が付いた状態で床に落ちていた。
最後に…
トリックや動機など、推理小説の作品として、申し分なく緻密に構成されているにも関わらず、奇抜なオチを仕掛けているのはさすがに凄いと感じました。
古典的な推理小説好きの方でまだ未読であれば一読の価値は十二分にありです。
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